カイロプラクティックの歴史

カイロの歴史

ダニエル・デイビット・パーマー

 

カイロプラクティックの創世記

D・D・パーマー 1845年3月7日生まれ カナダのオンタリオ州ポートベリー出身
1845年カナダのオンタリオ州生まれ24歳の時にアメリカに移住しました。イリノイ州ニューボストンに住んで、ある一つのテーマに没頭する日々が続きます。
それはあるごく簡単な発想から生まれた、同じ親から生まれている兄弟でも、どうして一人は病弱で、もう一人はそうではない子供ができるのか、同じ人の体である内臓は弱いのに他の内臓は異常がないのか。
内臓のどこかが悪いかもしれないという時に全身に投薬を試みる医学界の問題にパーマーは疑問を持っていました・薬は悪い所だけに行くものはありません。口から服用する薬は全身にいきわたります。悪くない所にも薬はいきます。
この時のパーマーは磁気治療器を用いる治療をしていました。
今でいえば低周波治療器や電器などです。
そして彼は背骨の異常に何らか問題が有るのではないかと言うことにいきわたりましたが、まだまだ、ここではわかりません。

1885年アイオワ州ダベンポートに移り住みました。ビルの4階に治療院を設けて、ここでも色々な研究をしていきます。
ある時、治療院から変える支度をしているときに、管理人兼掃除人のハーベィ、リラードと言う人が治療院に入ってきて、もう帰る所だったパーマーは掃除を頼みました。
リラードの横を通り過ぎようとしたときに、前かがみになっているリラードの首のところの出っ張りに気が付きます。

実はリラードは耳が不自由でした。まったく聞こえないわけではありません。
立ち話でパーマーはリラードの首の出っ張りを見てみました、普通にない出っ張りでしたので、治療台に寝てもらうように言いました。聞いてみると以前は耳は普通に聞こえていたそうですが、ある時、狭い所で掃除していたらボキッと音がして、それ以来数年、耳が聞こえにくくなったということでした。
治療台に寝てもらったリラードに首のところを押していいかと言うことを言って了解してもらい、首を押してみました。

初めての矯正

 

そうするとボキッと音がして、瞬間に音が今までの音とは違う音量で入ってきたそうです。
これがカイロプラクティックの初めてのアジャスト(矯正)だと言われる現象です。
2度目の矯正は、心臓の血管や心筋の異常ではない、つまり病気ではない原因不明の心臓病でした、これも背骨を治療するカイロプラクティックの治療で治っています。
今では世界中にカイロプラクティックが広まりましたから世界カイロプラクティック連合と言う国際組織まであります。もちろんWHO公認の組織です。

世界カイロプラクティック連合は世界の各地で世界大会を開催しています。
世界カイロプラクティック連合は1988年オーストリアで36か国の代表を集めてシドニーで設立されました。世界カイロプラクティック連合の本部はカナダのトロントにあります。
2年おきに世界大会が開催されています。
第1回世界大会は1991年 カナダのトロント
第2回世界大会は1993年 イギリス ロンドン
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第4回世界大会は、日本 東京

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14回大会はアメリカのワシントンで開催されました。
世界カイロプラクティック連合の加盟は88か国になります。
現在国が認可しているのは42か国で法制化されています。
日本では法制化はされていません。ですから保険は効きませんし、逆に保険が効くと、今のような治療はできなくなります。低周波治療器や電器が多くなると思います。治療にも限界があります。一人ひとり検査したり原因から治療するということは難しいと思いますから。
アメリカはもちろんですが、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、南アフリカ、ユーゴスラビア、イギリス、デンマーク、オランダなどなどの国で国が医療として認知しています。

東京でも開催

日本でも以前東京のフォーラムと言う会館で世界大会が開かれています。世界中から50か国のカイロプラクティックをしている方が来ています。
当院の院長もアメリカの組織と提携しているPAACと言う協会に所属しています。PAACはパシフィック・アジア・アソシエーションと言います。会員にはお医者さんもいます。
本部は東京の池袋にあります。池袋駅から徒歩5分です。